暗中模索の大学生活
自分のやりたいこととはなんだったのか
これについて悩む事が今になってたくさんありまくる
夢は、サンミュージックに入って芸人になることだけしか考えてなかった。
だから全く将来に向けて就職なんてまじで考えてなかったし 学部も適当だったしまさかここに入るとは思ってなかった。
自分はとにかく人と同じことをしたくなく
「俺は周りには流されねぇ卍」みたいな考えを大1初めに抱いていた。
自分がなにをしたか 振り返りつつまとめます
自己満なんでべつにひけらかしたいのではない
●大1
友達とコンビを組み芸人を目指す
高校の唯一の友達といつか漫才をやる事が夢だったので、原宿 渋谷さらに他大学の学園祭(わけがわからない)にまで足を運びヘルミッショネルズというコンビで漫才やコントをしていた
相方は、めちゃくちゃエリートなため2年後半から大学院の受験のためになかなか練習ができなくなってしまった。
無事去年 受かったみたいで、これからまた練習できるよと連絡をもらったけど
今度は俺が忙しくなってしまった。
●わけのわからないサークル作りに励む
最初は、野球サークルに入っていたものの
マジで1回も野球しないし3万でユニホーム作らされた挙句飲み会のみ
バットとボールなんてマジでやらしい意味でしか使わなそうだから3回で抜けた。
当時スケットダンスにはまっていた僕は、「お助け隊」なるものを作ろうとする
またYouTuberという言葉もこの辺からうたわれ始めたためYouTuberっぽいこともしていきたい
その二つから 平日はお悩み相談室
休日は、マジで林家ペー パーのコスプレでディズニーに行く企画など 引くくらいクソしょうもない事を友達2人で考えた。
当然部員は誰も来ず。(迫真)
いかにも髪染めたてのダセェ茶髪の男がいるスポーツサークルの方が人気が出るのだから致し方ない。
学内で人脈もはるかに増えた現在このサークルの話を最近すると「えー! それ私入りたかった!」と言われる(嘘つけ)
●町であっても近づきたくない髪色になる
割愛
●右翼の車に乗せてもらう
僕は、ノンポリですが 君の学校って左翼だよねと言われる事があまりに多いので、それはそれで腹が立ち 九段下まで行き
「デモっていつやるんですか?」って聞いたらめちゃ親切に案内してもらって 帰りは車で新宿で降ろしてもらい どら焼きをもらって帰った。
これを面接で話したら企業おちました。
みんなはやめましょう。
● 西成 あいりん地区でインタビュー
治安が悪いとか言われているあいりん地区だが、果たして本当なのか。
職渡りなどや生活困窮者が集まってただ暮らしていることだけを理由に自分たちと勝手な線引きをして、スラムだとかやばいとことか言われてるだけではないのか。
まさにそのとおり
三角公園では元社長やヤクザや自衛官など沢山いることがわかった。
帰りには「お兄ちゃん泊まるとこ大丈夫か?」と心配までしてくれるし 自分より他人の心配ができる人間の鑑である事がわかる。
自分には、世間のギャップや偏見を埋めて行くことが使命だと感じた。
●旅をする
大学生という就職までのモラトリアム
この間に世界を見る事が大事でないだろうか
この考えから北米 南米 中国 ヨーロッパ アフリカなどを周ることにした。
好きなことに関してだけ思い立ったらすぐ行動するタイプなので、出発1日前に親に「明日〇〇って国行くよ」とかいうくらいになる。
流石に初めは心配されたりしたが
終盤には「あっそぅ」になる
2週間ぶりに海外から帰ってきたのに終盤には
第一声が、「お帰り」ではなく
「汚ぇから洗い物出せ」になる。
これで1回ガチギレした
だが、旅行先でスられようが、強盗に会おうが自己責任なので、決して他人に心配されたいなんて考えはもってはいけない(戒め)
●ギターを始める
ハードオフで買ったギターが1週間もしないうちに借りパクされました。 もうやりません
●草野球
せめて野球は、たまにしたいと思い幼馴染がチームを作る
しかしユニフォーム決める段階で意見がまとまらず1.2年経過して何もない
だいたいこれくらい
もっといろんなことすればよかった。
なに頑張ったか聞かれても正直に言えば恋愛ですしか言えない(大失恋した)
森林設備のボランティアもしたけど
「取り組みました!」って言えるほどじゃないし
留学の話もあったが うん百万払って留学で得て帰ってくる人も聞いたことない。
ただその国に被れてる人しか見たことないしべつに必要ない
自分が今何が好きでどう取り組んでいきたいかが未だに掴めないままだが、とってつけたようなことでも言わないと内定はもらえない気がするし。
頑張ったことより これからチャレンジしたいことを言う事がベストじゃないかと思った。
これからしたい事
●夜景鑑定士の資格取り
●バーでバイト
●ギターを始める
●ペンタブを買って漫画を描く
●ロードバイク買い換える
同じバイトの女の子に美大に行ってる子がいるんだけど、ファッションもすごく好きだし好きなこと思い切りできててすごく羨ましい
未曾有の地に新しくライブハウスを建てる野望を持ち かつ 自身も音楽活動をしまた仕事をバリバリこなす兄貴分の人もいる
ものすごくかっこいい
もっと早く彼らに会っていれば、、、
お陰で自分も好きなことにまだまだ取り組もうって思えるきっかけになりました。
ありがとう。
実際この中で自分がやってきたこと 一つも面接で言える事がないってのがオチ
ばいびっ!
社会主義キューバの魅力!終
キューバ滞在時には、キューバ人夫婦の家にホームステイさせてもらっていました。
しかしキューバの大人は俺より英語がわからない!!
なので、話してくるスペイン語をなんとか理解するように頑張った。
宿に着いた初日には、ドイツ人の女の子がいたので、ドイツ語でなんとか会話できた
キューバに着いてはじめて、言葉のキャッチボールができたと安心した
ドイツ語再履だったんだけどね笑
宿の夫婦は、とても優しくて
ご飯の時間になると起こしてくれて
朝のジュースは何がいいか聞かれて
グアバかマンゴーを毎回頼んでいた
そうすると朝市場で果物を買ってきてくれてジュースを作ってくれる。
主にアボカドのサンドイッチが気に入ったので毎朝食べていた。
食後のコーヒー
これが本当に美味しかった。やっぱりブラジルに近いからコーヒーもうまいのか。
昼出かけてから帰ってきたらスペイン語を教えてもらったり 一緒に野球をみたり(キューバは、野球が人気)
奥さんは、大学の先生だった
学校で、心理学とポルトガル語を教えているらしい。
自分の部屋は、3階を丸々貸してくれた。
ベット2つとバルコニーとシャワーが付いているので、とても快適だった。 冷蔵庫にはビールや水があるので、自由に飲んで構わなかった。
歩いて10分の場所には、日本の方が、営んでいる日本料理屋がある。
従業員の方みんな日本の方だったので、めちゃめちゃ安心した。
ご飯も美味しい
キューバに行ったら是非訪れてほしい。
僕は、歴史がとても好きなので、ホセマルティやチェ ゲバラ カストロなどの文献を漁り読み
また、博物館にもよく足を運んだ。
ハバナ市内にある大きな博物館は、元バティスタの官邸をそのまま利用したものだった。
ゲバラの使用していたベレー帽がある。
ここでも、学生に囲まれて写真を何枚か撮った。
博物館の中だけどいいのか?
こんなキャピキャピしてて、、と思ったけど。
博物館の係委員の人は、全然かまへんよって感じで、ニコニコしてた。
庭園
マーケット
薬屋 しかしあまりにも品数が少ないと思う。
やっぱり野球が、人気
たしかにドミニカとかプエルトリコとかの選手って日本でも多いし
郊外を歩いていると、子供に囲まれる
僕がアジア人だからかカンフーの真似をしてくるから、一緒に遊んだりした。
こっちまで、パワーをもらえる。
帰国の日には、マキナで空港まで送って行ってもらった。
ホストファミリーのひととお別れするときは、寂しかったが、二度と会えんわけじゃないしすごく辛い思いはしなかった。
キューバに行った時は、また来なさいって言われたし、友達も呼んでくれって
だからキューバに行くときは、俺に言ってください。
そんなこんなでホセマルティ空港からメキシコへ向かう。
モヒートおいしかったなぁ
アディオス!!! キューバ!!!
メキシコに着いた瞬間 めちゃくちゃ現実世界に戻ってきた感じがした。
マクドナルドもあるしスタバもある。
そしてなんと、1.5週間ぶりのインターネット!!!!!
メキシコ着いて、Wi-fiに接続した瞬間からラインがアホみたいにきた。
俺はいま!10日ぶりにインターネットに繋げて、キューバから戻ってきたんだぞ!!!その観劇の思いで、一人一人に返信してやるよ!!!
ってなったけど相手に伝わるわけない、、笑
ほんとにネット環境がない唯一の国なんだキューバは、、、
アフリカでもさすがにWi-fiあるし、、、
1時間100円くらい払えばキューバでもWi-fiが使えるらしいが、このカードを買うために朝1時間も携帯ショップに並ばなくてはならない。
そして公園などの決められたスポットにしか設置されてないらしい
さすがにそこまでしたくないからやめたけど
とにかくすごい感激だった。
リメンバーミー見たくなった。
メキシコが舞台なんでしょあれ
セブンもある
そして、12時間かけて成田へ
八重洲口に着いた途端腹痛くなって
目の前にあるカフェに入ってエスプレッソを頼んだ途端に店員さんの接客に感動した。
俺は、高額紙幣で出してしまったから8千くらいお釣りがくるが、お釣りを数えて返してくれるし 周りの店員さんにもお釣り確認をしていたし。
日本やべぇってマジで思った。
キューバでは、お釣りをちょろまかされたりは全くしなかった。
お釣りを忘れて店から去ろうとしたら追いかけてまで、お釣りを返してくれる。
社会主義は、みんな平等に手当てを受けているので、金持ちもホームレスもいない
さらに病院も無償
なので、犯罪も起きにくい。
ただ、生産性としては、競争力がないためかけてしまうのかもしれない、、、、
国が資本預かり平等分配される国だが、金持ちになりたいという夢は、叶わない国 社会主義と
頑張った分だけお金がもらえるが、貧乏人と格差が激しい国資本主義とどっちがいいのか。
これは、みんながそれぞれだとおもう。
またコミュニズム
そう考えさせられる国
この後にロシアに行くんだけどね笑
アメリカとの国交を断絶していたことから、街を歩く人にアメリカの印象をきくとやはりネガティブなイメージを持つ人が多い。
2006年に国交を54年ぶりに国交を回復したので、これからアメリカ企業の介入もあるかもしれない。
そうすれば、あのクラシックカーやスペイン風の街並みも改修され見れなくなってしまうかもしれない、、、、
ならば、今キューバに行くしかないと思ったことが、渡航のきっかけでした。
本当にいってよかった、、、、
親日の人多いし
ぜひこの情熱的な国に行ってみてほしい
そして何を見たか聞いた感じたか
諸君の感想を聞きたい
では、また次の記事で
ばいびっ!!!
https://www.youtube.com/watch?v=DScxDAB7sM0&feature=share
社会主義キューバの魅力!
街を歩いていると至る所から、音楽が聞こえてきます。 しかも生演奏
その横で子供やおじさんまでマラカスを手に取り踊っている。
キューバは、インターネット環境がないことで有名ですが、僕はそれがいいことだと思っています。
初めは、携帯がないと1日すぎるのがアホみたいに遅く感じましたが、しだいに慣れてきました。
夕方になれば海沿いでおしゃべりをしている女性や子供たちも元気に走り回ってたのしそうです。
ときには、一緒に踊ろうよなど、誘われたりもしたし、僕が、以前から聴いていたゲバラ賛歌をリクエストしたら生演奏してもらったり。
キューバに来た甲斐があったと感じました。
なんといってもキューバでは、クラシックカー(マキナ)が、現役で走っていることが魅力です。
タクシー感覚でのれました。
音がすごかった、、、、
値段交渉によっては、安く乗れました
ハバナ市内で、一際目立つカピトリオ(国会議事堂) アメリカの国会をイメージして作られたらしいです。
登れます。 キューバは比較的南米でも治安が良くここで昼寝もできました。
女子高生の集団ににオハヨーっていわれてびっくりした!
発展途上のどの国でもそうだが、歩いてるだけで話しかけられるが、日本語を投げかけてくれたのは、キューバだけだ
ほかでも、コンニチハ! ハポン!とかも言われたし。 一緒に写真撮っていいですか?って女の子に聞かれて
いいよって言ったら
目見開いてめっちゃ喜んでくれてて
もうキムタクが来たみたいになっててすごいいい気分になる。
エジプトじゃよく俺を見てアジア人=中国人だと思われて、ニーハオ!! ヘイチャイナ! チンチョンチャン!とか言われまくったけど。笑
まぁ嫌な気分はしない
だって俺だってブルガリア人とギリシア人の違いわからないもの、、
みつを
キューバと言ったらやっぱり海に行きたい。
ハバナからバスで3時間したとこにあるバラデロというところに向かう。
あのコロンブスが1番綺麗な地だと認めたことや、アルカポネの別荘があった所であるので是非行ってみたかった。
発着所には、アジア人なんて俺しかいなく
なんで、こんなとこにアジア人がいるんだ?のようにジロジロ見られた。
バス内部 エアコンが効きまくってるので、上着が必要。 リュックで行くとなんか盗まれると思ったので、ドンキホーテのビニール袋に貴重品入れて持ち歩きました。
都市部を離れ、、、
広がる海 しかしバラデロは、まだ遠い
この風景を見ながら、摩訶不思議アドベンチャーを聴いていました。 ほんとにこの世はでっかい宝島だなーって
そしてついに、、、
着いたー!!!!!!!!
バラデロ!!!!めちゃ綺麗やんけ!!
キューバに行く1週間前に沖縄にいたのですが、もうカリブの海って感じでだだっ広いビーチは初めてだったので興奮しました。
しかも人も全然いねーっ!!!
沖縄で勝った マスクに水が入らないやつ。
めっちゃ注目された。
おばちゃんに私達撮ってよ!って言われました。 英語全然通用しなかったので、ボディランゲージ!!
カリブ海でバカンスする日がくるとは、、、
ハワイにはよく連れて行ってもらったけど。
自分で手配して行く景色は最高
ここで、ベルギーからきた男女グループとも英語で色々会話しました、、、、
大阪に行ったことがあるんだって!!!
こんなとこで大阪の話をすると思わなかったなーーー
、
過去最大焼けました
バラデロは、ほんとに田舎町です。
ラジオ聴きながらバーカウンターで、俺のじいちゃんにめっちゃ似てる黒人の人がいたので手を振ったら 振り返してくれました。
なんか、おーっす みたいな感じで、、
嬉しいね
帰りに宿で飲むジュースを買いにスーパーに入ったら 店員がみんな
「こんなとこまで日本人が来てくれたぞ!」
ってなって、恥ずかしかったです。
みんなも行って アラモード
社会主義キューバの魅力! 〜支度編…
また、社会主義という魅力に惹かれたことやバカンスをしながらモヒートをいただく、、、
そんなことに憧れて、一人キューバを堪能した話をします。
※キューバに行くためには、ツーリストカードという証明書が必要になります。 麻布にあるキューバ大使館で必要事項を記入し、海外旅行保険のコピーとともに窓口に提出し、ツーリストカードを発行してもらいます。
いざ出発!!
もちろんですが、キューバ直行便はないので、メキシコシティ経由で、首都ハバナへ
どの国についたらまずすることが、現地の通貨を手に入れること。
キューバは、ここが厄介。
なんと2種類のお金 CUC とCUPにわかれています。 CUCは、主に観光客や都市部で使われるお金。 1CUCが大体1ドルで CUPが、現地の人が使う通貨です。 1CUCが24CUPだったと思います。 ハバナ市内でのスーパーやレストランでは、主にCUCが使われています。
じつは、CUPは、観光客も使えます!
空港の両替所では、CUCのみの扱いだったので
僕は、空港にいたキューバ人のおっちゃんに頼み込んで1CUCを25CUPに変えてもらいました。
これが通貨
このCUPを持っているととても安く滞在できます。 空港からハバナ市内まで乗合バスで、20円くらいで行けました。
空港の両替所では、CUCの取り扱いだけで、日本円からも両替できました。
ちなみにCUPは、ハバナ市内の銀行で変えてもらいました。
ここで、あまり高額な紙幣を両替しないこと。
3CUCを両替すれば十分です。 10CUCなんて両替したらアホみたいに紙幣が来ます。
日本の方にキューバで、お会いしたのですが、CUPを変えすぎて持て余していたので、もらいました。笑
物価についてですが、綺麗なレストランに入れば、ハンバーガーが、5CUC つまり500円くらいとあまり日本と物価は変わりませんが、地元キューバの方が利用するご飯屋に入るとサンドイッチが40円くらいで食えました。
アイスサンド これは10円くらい
エラード(いちごのアイス)4円くらい
スペインの影響があるので、チュロスの屋台もありました。
ただ、いくら安いといっても生物は避けてください。 調子に乗ってサーモンサラダを食べたら
帰国して胃腸炎になりました。
自分なりの立ち直り方
ものすごく辛いことがあったりしますよね。
仕事でミスったり時には失恋もしますよね(長い間してないけど)
僕はこういう時瀬戸内寂聴式を取ることが大半です。
瀬戸内寂聴さんが、3.11の震災によって家族を失ったある一人の女性にかけた言葉があることを聞きそれに衝撃をうけたことがきっかけです
それは、ただ前向いて生きようねとか時間が解決するとかの寄り添ってなだめるのではない
かけた言葉が「亡くなられた方は、産まれ持って、この日に亡くなる運命が決まっていたのです。だから誰の責任でもない」との言葉をかけたと聞きました。
デマだったらごめん
でも俺は、そう聞いた
この考え方に感銘を受けた鵜飼は、以後瀬戸内寂聴式の立ち直り方を使うようになっていた。
だからミスしたり思いがけない落とし穴や辛いことがあっても こういう考え方を使うようにしていました。
責任転換すぎるって思うでしょ
久々にあった小学校の担任に僕は瀬戸内寂聴式ですからって言ったら
漫画みたいな苦笑いしてた
でも、抱え込むよりはマシだと思う。
この考えを会得したのは、自分の浪人時代
いくら辛いことあってもただでさえ遊ぶことを自重してたから、友達とも疎遠になったし 当たり散らすことなんてできやしないし
かといって塞ぎ込むことも命の危機に関わる。
当時はまだ世界が広いことだって
自分が何が好きで解消できるかなんてなにもしらなかったし
だから、行き詰ることがあったらみんなもこの考え方を使っていこうね
私マイメロディだからって考え方よりは53倍くらいマシだと思うから
ちなみに最近は、嫌なことやショックなことがあったら音楽聴いたり身体動かして忘れるようになりました。
一般的な人間に近づいてる証拠ですね。
レーニン廟へのアクセス
前回は赤の広場についてでした
今回は予告通りレーニン廟への行き方 入り方を教えちゃいます。
そもそもレーニン廟とはなんなのかと言いますと、あのロシア共産主義政党の国際組織としてコミンテルンの創設を主導し 10月革命などを成功させたレーニンの遺体が安置されている建物の事です。
どのサイトも曖昧なことが書いてあるので2018年12月現在の情報を載せようと思います。
まず時間に注意で、朝10時から13時の間しか見学することが、できません。 早い時間から人が並んでいるので、早めに行く事をお勧めします。
僕は、平日の11時に行ったところ30分並びました。
場所は、国立歴史博物館の向かい
丁度坂を登ったところで、人が並んでいますので、そこがレーニン廟の列になります。
ちなみに無料で、見学ができます。
セキュリティゲートをくぐると、、、、
レーニン廟に向かう前に、壁に墓標のようなものが、、、、
なんとこの中には、あの 私はカモメ や 地球は青かった で有名なガガーリンの名前が刻まれていました!!!
そしてついに!!
レーニンが安置されている廟の中へ!!
ここからは撮影は愚か、おしゃべりも厳禁
立ち止まると、中にいる衛兵に注意を受けます。
帽子を取れと注意されている人もいました、、
中は暗く レーニンが部屋の真ん中に安置されていて、ぼわぁ〜っとした光がレーニンを照らしていました。 すごく神々しいというかなんというか、 これがレーニンかぁ、、、とまるで100年近く前に亡くなった人だと思えないくらい今にも動きそうな感じでした、、、、
おしゃべり厳禁というが、マジで息を飲むくらいの雰囲気だから喋れるわけないだろ!いい加減にしろ!!
引用した写真ですが こんな感じ、、、
そして外に出ると、、、
スターリンですね 間違いない、、
他にもトロツキー??などの像もありました。
いかがですか? なんか最近では、埋葬したほうがいいのでは、との声が出ているらしくて、もしかしたら近い将来見れなくなってしまうと思います💧
ぜひモスクワに行ったら見てみるべきだと思いますね!!
次は何について書こうかなぁ
では ばいびっ!!
モスクワへ!! 赤の広場編
ロシアといえばなにを思い浮かべますか??
僕が周りに聞いてみたところただ「寒い」のイメージしか返ってきませんでしたが、ただ寒いだけでなく魅力が沢山あります!
僕が、モスクワに行ってみたいと思ったのは、芸術や音楽 また 歴史に深く興味があったからです。
ヨーロッパに行ったことがある人から分かりますが、いたるところに聖堂がありますよね、、
僕は、それが大好きなんです。
創設者はあのイヴァン4世( 雷帝とも言われてましたね) 最寄りはオホトニ・リャド駅です。
地下鉄の出口を上がると国立博物館がみえます。
その坂を登ると赤の広場です。
僕が行った時は12月の頭でしたが、クリスマスマーケットや移動式遊園地が来ていてとても賑わってました。
聖ワリシイ大聖堂は広場の出口側(駐車場)にたたずんでいます。
僕は色々な聖堂や博物館を見て回りましたが
ここの入館料は他と比べて高く2千円くらいだったと思います。(2018年) たけぇ、、、
他は600円くらいで見れるというのに、、
朝10時から13時までは、なんとあのレーニンが保管されている廟に入れます。 これがなんとタダ!! (これについてはまたはなします、、)
近くにショッピングモールやマクドナルドやKFもあるので、ここには毎日行っていました笑笑
次はレーニン廟について書きたいと思います。
では、ばいびっ!